原題:The Matrix
1999/アメリカ 上映時間136分
監督・制作総指揮・脚本:アンディ・ウォシャウスキー、ラリー・ウォシャウスキー
製作:ジョエル・シルバー
製作総指揮:バリー・M・オズボーン、アンドリュー・メイソン、アーウィン・ストフ、ブルース・バーマン
共同製作:ダン・クラッチオロ
撮影:ビル・ポープ
美術:オーウェン・パターソン
衣装:キム・バレット
編集:ザック・ステーンバーグ
音楽:ドン・デイビス
視覚効果監修:ジョン・ゲイター
カンフー振付:ユエン・ウーピン
出演:キアヌ・リーブス、ローレンス・フィッシュバーン、キャリー=アン・モス、ヒューゴ・ウィービング、グロリア・フォスター、ジョー・パントリアーノ、マーカス・チョン、ポール・ゴダード、ロバート・テイラー、ジュリアン・アラハンガ、マット・ドーラン、ベリンダ・マクローリー、アンソニー・レイ・パーカー
(あらすじ)
プログラマとしてソフト会社に勤務するトーマス・アンダーソンは、ネオという名で知られた凄腕ハッカーでもあった。ある日、トリニティと名乗る美女から接触を受けたネオは、彼を探していたという男、モーフィアスと会う。モーフィアスは、人類が現実だと思っている世界が実はコンピュータにより作り出された「マトリックス」と呼ばれる仮想世界であり、本当の現実世界でネオをはじめとした人間たちはコンピュータに支配され、眠らされているという驚きの真実を明かす。モーフィアスの誘いに乗り、本当の現実世界で目を覚ましたネオは、ネオこそが世界を救う救世主だと信じるモーフィアスやトリニティとともに、コンピュータが支配する世界から人類を救うため戦いに乗り出すが……。(以上、映画.comより)
予告編はこんな感じ↓
100点
大晦日はなるべく「僕のフェイバリットムービー」の感想や思い出をアップしているんですが、今年はシリーズ4本目となる続編が公開されたということで、1999年9月6日に日本公開された1作目の「マトリックス」について、書いておきますよ。ちなみにリアルタイムで鑑賞した時は、6回ほど劇場へ観に行ったし、いわゆる「『マトリックス』のDVDを観るためにプレステ2を買った人」(この当時、結構いた)だったりします。
一応、マリリン・マンソンの「ロック・イズ・デッド」を貼っておきますね↓
僕的に覚えているのは、1999年の5月にウェズリー・スナイプス主演の「ブレイド」、7月に「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」、9月にこの「マトリックス」、そして10月にジャン=クロード・ヴァン・ダム主演作の「ユニバーサル・ソルジャー ザ・リターン」が公開されたということ。他の3本と比べると、ヴァン・ダムの映画だけがあまりにもアレな出来で悔しさのあまり血涙を流した…というのはまた別の話として(血涙はウソ)。この頃は、ちょうどハリウッド映画に新たなVFXの技術が持ち込まれまくっていたり、香港映画のアクションを取り入れられるようになってきていた印象があるんですが、その中でも「マトリックス」は最大の成功作だったのではないでしょうか。かつて「週刊少年チャンピオン」で定期的に映画コーナーを担当していて大好きだった映画ライターの渡辺麻紀さんが、1999年末に何らかの雑誌で「今年は『ファントム・メナス』が“21世紀を感じさせる映画”になると思っていたけど、それは『マトリックス』の方だった」みたいなことを書かれていて、「我が意を得たりッ!Σ(°д° ) クワッ!」と思ったものですよ(しみじみ)。
まぁ、本作の革新的な部分(SF的な世界観やら「バレットタイム」やらオタク要素の導入やら)については、いろいろな場所で語られているので(例えばこの記事とか)、そういった記事をチェックいただくとして(手抜き)。僕的に一番うれしかったことを書くと、「ワイヤーアクションに理屈がついたこと」だったりします。というのは、当時はジェット・リー主演の香港映画などを楽しんで観てたものの、「あんな風に人間がジャンプするなんて変だろ!(`∀´) バカバカシイ」といった心ないツッコミを受けたことがあって。その時の僕は「人間、修行すればあのぐらい全然できる!(;`Δ´) デキル!」と強弁したものの、ううむ、正直、この弁護には無理があると言わざるを得ない(そりゃそーだ)。というか、ごめんなさい、アタシもウソついてた。本音を書くと、僕自身、香港のアクション映画を楽しみながらも、心のどこかで「なんで普通の刑事がこんな超絶なジャンプ力を発揮できるのかな… (´・ω・`)」なんて思ったことがなくもなかったのです…。
でも「マトリックス」は違いました。劇中で繰り広げられる超人的なワイヤーアクションの数々に「だって仮想現実の世界だもの (´∀`) ミツヲ」と飲み込みやすい理由をくっつけてくれたから、超スッキりす。これは後に作られたSF映画「リベリオン 反逆者」で描かれた「敵の銃弾に一切当たらないのは、ガン=カタを修得しているからだもの (´∀`) ミツヲ」という理屈にグッときたのと同じというか、こういう設定って超大事というか。なんて言うんですかね、例えば、僕は戦闘力高めの刑事がカジュアルに暴力を振るうアクション映画が大好きなんですけど、そこに「元特殊部隊出身」といった設定がちょっと付くと、“主人公の並み外れた強さ”がさらに飲み込みやすくなる…的な? ううむ、なんとなく例えを間違えた気がしますが(汗)、とにかく僕は本作の「仮想現実だから」という理屈を付けた上で荒唐無稽なアクションを成り立たせた点がオタクっぽくて大好きだった…って、伝わりますかね? (´Д`;) ウーン
ちなみに「リベリオン 反逆者」はこんな感じの映画↓ 人類のためにどこかさっさと配信しろ!
ストーリーも好きでしたよ。「マトリックスの中ではダウンロードすれば、酔拳もすぐ修得できる!」というのは、一見、単なる便利設定に見えますが、修得してもそれを有効に使えるかは本人の技量によるワケで。要は、主人公のネオはハッカーとしての能力をちゃんと積んできた人間であり、そのスキルが別の世界で報われた話なんですよね(ネオが銃撃されてからトリニティのキスで復活する展開も、その理屈の延長だと思っております)。そして最後は、エージェント・スミスを圧倒してから「オレたちの戦いはこれからだッ!川`Д´)人(`Д´)ノ ウォォォォッ!」って感じで終わるワケですけれども。根本的な問題は解決していないにも関わらず、あまりの勢いとキレの良さに「革命前夜」の高揚感とスッキリした後味を観客に残したラストは見事としか言いようがなくて。「なんだよ、100点の映画かよ!(´∀`) ンモウ!」と笑顔になったと同時に「10月に公開されるヴァン・ダムの映画は大丈夫かな… (´・ω・`)」と、とても不安になった26歳の秋だったのでしたーー(遠い目)。
今の僕が1999年9月の僕にかける言葉はこんな感じ(「グラップラー刃牙」第36巻より)。
本作の後、外伝の「アニマトリックス」や続編の「リローデッド」、「レボリューションズ」が作られて。どれもそれなりには楽しんだし、主人公とヒロインが死んだ挙げ句に「機械側との折衷案」で終わるオチについては、あの世界観の話として仕方ない流れだと納得はしているんですが、しかし。率直なところ、1作目の鑑賞後に僕が感じさせてもらった「革命前のドキドキ感」には及ばなかったなぁと。僕の友人に「『スター・ウォーズ』は1作目(要はエピソード4)しか認めない!(`・ω・´) キリッ」というガチな方がいて、「マジかよ… (`Δ´;) ヌゥ」とドン引きしてたんですけど、それを「マトリックス」に当てはめるなら、その気持ちはちょっとわかるようなわからないような…(どっちだよ)。
なんとなく扉絵でエージェント風の動きを見せる範馬刃牙を貼っておきますね(「グラップラー刃牙 外伝」より)。
1999年、すっかり本作の影響を受けた僕は、フフフ、さすがにサングラスはかけませんでしたけど(苦笑)、黒いコートは購入したし、メアドは「morpheus(モーフィアス)」にしちゃったし、ハンドクリームをアトリックスに変えたりもした…なんて思い出は遠くなびくほうき星。本作を作ってくれただけでもウォシャウスキー姉妹には感謝しかありません。なんか、ラナ・ウォシャウスキーは、本作が右派の陰謀論者たちに引用されていることに不快感を覚えて、4作目の「レザレクションズ」を撮ったそうでね。まぁ、確かに半端なく「陰謀論」との相性が良い物語ではあるものの、それはそんなことに引用する奴が愚かなだけであってさ。僕は今でも「マトリックス」はエンタメアクション映画の傑作だと思ってますYO!ヽ(`Д´)ノ オシマイッ!
石川町のタワーレコードで即購入したサントラ。今でもたまに聴いております。
ウォシャウスキー姉妹の長編デビュー作。かなり面白かった記憶。
「マトリックス」と同じ年の公開作とは思えないヴァン・ダム主演作。MJWの動きは見事なんですが…。僕の感想はこんな感じ。